『夕凪の街 桜の国』は、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した作品です。
原爆投下後の広島を舞台に、葛藤しながらも懸命に生きる女性の姿が描かれています。
最新作の『さんさん録』では、主人公の息子の奥さんが広島出身です。
ほのぼのとした雰囲気の中、こうの先生の鋭い人間観察の視点が見られます。
マンガを描くことがきっかけで、故郷を見つめ直すことができたと、 こうの先生は語ります。
ベリー●『夕凪の街』は広島が舞台で、全編広島弁が使われていますね。方言への思い入れは、やはり強いですか?
こうの先生●そうですね。それまでも登場人物の故郷が広島だったりして、ちびちびと広島弁は使っていましたが、全編広島弁というのは、投稿していた頃以来でしたね。宮沢賢治の文学作品みたいに、方言を使った表現をしたいと思っていたんです。
投稿時代の担当者が気にかけてくれていて、広島を舞台にした作品を描くきっかけになりました。
ベリー●登場人物に広島弁をしゃべらせるとき、気をつけることはありますか?
こうの先生●語尾が違うだけなど、意味が伝わる場合はいいのですが、言葉そのものが違う単語はなるべく使わないようにしています。
例えば、「簡単」なことを「みやすい」というのですが、これはわかってもらえないですね。それから、手が「届く」ことを「たう」というのですが、これも使わないです。
木のささくれ立った部分が指に刺さったときなど、東京では「トゲが刺さった」と言いますが、広島では「スイバリが立った」って言います。「トゲ」と「スイバリ」は微妙に違う気がするので、「スイバリ」って言葉、全国的に定着しないですかね(笑)。
ベリー●東京に出てきたとき、戸惑ったことはありましたか?
こうの先生●敬語の表現が不便でしたね。例えば、「〜していらっしゃる」にあたる尊敬語に「〜しとっちゃった」「〜してじゃ」という言葉があります。堅苦しくなく、親しい人や友達に対しても使える敬語表現です。うちの祖母は、庭に鳥が来ても「庭に鳥がきとりんさる」っていいます。「鳥が来ていらっしゃる」と言うと仰々しいですよね。こうした敬語表現は、広島弁の中で好きなところですね。
それから、広島市内では路面電車を利用することが多いので、JRのことを「汽車」、路面電車を「電車」と区別して言っていました。ついつい「汽車に乗って」と話して驚かれたことがありましたね。
ベリー●『さんさん録』では、息子の奥さん、礼花さんの故郷が舞台となる話が出てきますが、使われている方言がぜんぜん理解できませんでした...。
こうの先生●あれは呉市の方言なんです。私自身は広島市出身なんですが、母方の実家があり、しばらく暮らしたこともありました。広島市で使われる方言より、わかりにくいですね(笑)。
例えば、「あの人」という意味の「あんにい」っていう言葉は、広島市内の人でもわからない人が多いです。
このときの話は、東京から来た主人公の参さんが戸惑う様子を描くため、わざとわかりにくくしたところもあったんです。
最初は、ひたすらだらだらと方言を連ねて改行もしなかったのですが、担当編集の人が単語の意味をひとつひとつ確認しながら、行替えをしてくれました。担当さんは千葉の方で広島弁はわからないので、その人の反応を見れば、話が伝わるかどうかわかりますね。
ベリー●広島が舞台の作品を描くことで、故郷に対する気持ちは変化しましたか?
こうの先生●『夕凪の街』のようなテーマで作品を描くまでは、故郷と本気で向き合う機会がありませんでした。作品を描くことで広島のことをより好きになりましたし、方言を使って広島のことを描けるのがすごくうれしかったですね。また、作品の資料を集める中で、広島は愛されている、広島が故郷で良かったと思えるようになりました。
一方で、東京が舞台になる『桜の国』を描こうとしたときに、自分の中に東京のことを好きになってはいけないという気持ちがあることに気づきました。いつか広島に帰るのだから、という気持ちがあったのかもしれません。そのときはショックでしたが、そのあと逆に、東京のことを好きになってもいいんだと、自覚できるようになりましたね。
高円寺に10年、中野には7年くらい住んでいて、『桜の国』の舞台として中野区の「水の塔公園」や「片山橋」の風景がすぐに浮かびました。
ベリー●今後も広島が舞台で、広島弁の登場する作品は描かれますか?
こうの先生●実はいま、新しく始まる連載の準備中なんです。今度は広島が舞台になる作品です。全編広島弁になると思います。
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こうの史代(こうの・ふみよ)
1995年『街角花だより』でデビュー。2005年、『夕凪の街 桜の国』が、第9回手塚治虫文化賞新生賞、第8回文化庁メディア芸術祭大賞を受賞。主な著作は『ぴっぴら帳』(双葉社)、『長い道』(双葉社)、『こっこさん』(宙出版)など。

『夕凪の街 桜の国』 (双葉社)
「夕凪の街」は、原爆投下後10年たった広島が舞台。主人公の皆実は被爆者として葛藤しながらも懸命に生きようとします。
「桜の国」は、それからさらに50年たった東京が舞台です。物語は「夕凪の街」の話につながっていきます。

『さんさん録』 (双葉社)
息子一家と暮らすことになった参さんは、亡くなった妻が残したノートを見ながら、家事に育児に奮闘します。

息子の奥さん礼花さんの故郷は広島です。実家から東京に戻ったとき、飛び出す方言には、家族も驚きます。
(c)こうの史代 双葉社
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